日本では、土地に永続的な価値が見いだされる一方、建物は築年数とともに価値を失う「消耗品」とみなされてきた。しかし、既存建物の状態を見極めて適切に手を入れれば、性能や収益力を高め、その土地に積み重ねられた文化や記憶を次世代へつなぐこともできる。建て替えとは異なり、表層的な改修にもとどまらない「再生建築」とは何か。その思想と普及に向けた取り組みについて、再生建築研究所代表の神本豊秋氏に聞いた。
「土地は永久、建物は消耗品」でよいのか
日本の不動産では、土地は時間がたっても価値が損なわれない一方、建物は築年数とともに評価が下がり、やがて価値がなくなる「消耗品」として捉えられてきました。しかし私はこの考え方を、このまま当たり前のものとして受け入れてよいのだろうかと疑問を感じています。
こうした考え方の背景の一つに、法定耐用年数があります。本来、法定耐用年数は固定資産の減価償却に用いる税務上の基準であり、建物の物理的な寿命を示すものではありません。それでも実務では、築年数が不動産評価の重要材料となり、古い建物は「価値がない」「融資や売却の出口が見えない」と評価されやすいのです。構造体がまだ十分に使え、適切に手を加えれば性能や収益力を高められる建物であっても、相対的に評価や売却の見通しを立てやすい新築への建て替えが選ばれてきました。
しかし、建物を取り壊すことで失われるのは、目の前にある躯体だけではありません。建設時に投入された資源に加え、その土地に積み重ねられてきた記憶や風景、建物固有の文化も失われます。一度壊してしまえば、それらを簡単に取り戻すことはできません。私は、昭和の時代に資源を使ってつくられ、いま地上に存在している建物を、「令和の新しい資源」と捉えています。すでにあるものを負債や消耗品として見るのではなく、次の価値を生み出すための資源として見直す。その発想から生まれたのが、私たちが提唱する「再生建築」です。
再生建築は「建て替えの妥協案」ではない
再生建築とは、古い建物の表面をきれいにするだけのものではありません。既存建物の状態や価値を見極め、法規への適合と安全性を確保したうえで、構造や設備、環境性能、用途、デザインまでを総合的に更新します。その建物が持つ文化や記憶を継承しながら、次の時代にふさわしい建築へと再構築していく考え方です。私は、現在の新築中心の建物更新の構図を逆転させ、更新期を迎えた建物の8~9割で、まず再生の可能性が検討される社会をつくりたいと考えています。
私たちのもとに寄せられる相談には、建て替えると現行の容積率や斜線制限などが適用され、現在より床面積が減ってしまうケースや、建築費の高騰によって事業が成立しにくくなるケースが少なくありません。既存の躯体を生かす再生建築であれば、現在の建物の規模を生かせる場合があり、条件によっては建て替えより工事費を抑えることもできます。また、工事範囲や工程を工夫することで、一部のテナントが営業を続けながら施工できる場合もあります。
こうしたメリットだけに注目すると、再生建築は、建て替えが難しいときの次善策に見えるかもしれませんが、私は、再生建築を「建て替えられない場合の妥協案」や「新築の劣化版」だとは考えていません。目指しているのは、既存建物に積み重ねられてきた記憶や文化を生かしながら、将来の維持管理までを見据えて性能や使い方を更新し、新築にはない価値を生み出すことです。
文化を受け継ぎ、新しい価値を生む
その考え方をよく表しているのが、渋谷の「神南一丁目オフィスビル再生計画」です。1976年に飲食ビルとして竣工したこの建物は、旧耐震基準で建てられ、外装材の剥落や、建築確認申請の履歴が確認できない増築部分などの課題を抱えていました。一方、地下では、渋谷の音楽文化を長年支えてきたライブハウスが営業を続けていました。そこで私たちは、ライブハウスの営業を継続させながら、後付けされた外装や増築部分を撤去して建物を軽量化し、耐震改修を行いました。窓が少なかった建物には新たな開口部を設け、解体によって既存躯体に現れた痕跡も、仕上げで覆い隠すのではなく、ファサードの表情として生かしています。
再生後は、音楽関連企業が地上階を借り上げ、ライブ配信や収録に対応したスタジオを備える拠点として利用しています。地下のライブハウスを残しながら、その上に新しい音楽発信の機能を重ねることで、この場所が培ってきた文化を次の使い手へとつなぐことができました。

神南一丁目ビル(Photo:Kenta Hasegawa)
近年では、オフィスを選ぶ際に環境への配慮や、その土地ならではのカルチャーを重視する企業もあります。再生建築は、こうしたニーズに応えつつ、耐震性や適法性も確保することで、企業にとって魅力的な選択肢になり得ると考えています。
個別解を共通の仕組みへ
建物は、建てられた年代も構造も、増改築の履歴も一つひとつ異なるため、再生建築に決まった正解はありません。ある建物では減築によって構造負荷を軽くし、別の建物では余っている容積を使って増築する。外部に避難経路を加えることもあれば、補強を分散させて広い空間を確保することもあります。私たちはこれまで、建物ごとの条件を読み解きながら、一件ずつ異なる方法で課題を解決してきました。
一方で、再生建築を一部の設計者だけが扱う特殊な手法にとどめていては、社会に広げることはできません。個々の建物に対する解決策は異なっても、法規や増改築履歴を調べ、構造や設備の状態を把握し、適法化の方法を検討したうえで、事業性や将来の使い方を判断するというプロセスには共通点があります。
そこで私たちは、これまでの事例から、減築、増築、耐震補強、用途変更、避難経路の改善、居ながら施工といった解決策を抽出し、パターン・ランゲージのように整理しようとしています。これは、どの建物にも同じ設計を当てはめるという意味ではありません。共通する考え方や判断の手順を共有し、その上に、建物ごとの歴史や立地、使い手に応じたデザインを重ねていくためのものです。
その仕組みの一つが「建物カルテ」です。再生工事では、構造躯体の状態、過去の修繕履歴、使用されている材料などを調査しますが、その多くは外からは見えないものです。そこで私たちは、どこにどのような劣化があり、どのような補修や構造上の検証を行ったのかの記録を残しています。この建物カルテは単なる工事記録ではなく、将来再び改修や用途変更を行う際に、どこまで手を加えられるかを判断するための基礎資料になります。また、建物の状態と再生工事の内容を第三者に説明できるようになり、売買や融資、投資の場面でも、築年数だけではわからない建物の実態を評価しやすくなります。
再生建築を普及させるには、建築、不動産、金融が同じ情報を共有し、改修によって建物の安全性や経済的耐用年数、収益性、将来の売却可能性がどう変わるかを、一連の流れで判断できる仕組みが必要です。一件ごとに積み重ねてきた個別解を、広く活用できる知見へ変えていく。再生建築を特別な挑戦ではなく、建て替えと並んで検討される選択肢にすることが、私たちの次の目標です。
市場評価が次の再生を生む
再生建築を社会に広げるには、その先に資金が動く仕組みも必要です。古い建物は新築に比べて評価や売却の見通しを立てにくく、それが再生投資を難しくする一因になっています。この課題を乗り越えるため、2026年4月、私たちは東急不動産などとともに、国内初となる「再生建築ファンド」の組成に参画しました。組み入れられたのは「COERU渋谷イースト」と「COERU渋谷道玄坂」の2棟です。いずれも築40年以上のビルを再生したもので、市場競争力を反映する経済的耐用年数を60年延長し、金融機関からの融資も実現しました。
COERU渋谷イーストは、1972年に共同住宅として竣工し、その後オフィスとして使われてきた建物です。再生では、住宅由来の細かな間取りを一体的なオフィスへ改め、既存の段差や天井高の違いを空間の個性として生かしました。周辺の賃貸市場を踏まえてセットアップオフィスとして企画し、入居企業には、建物を未来へ引き継ぐ再生のストーリーや、既存躯体を生かすことで工事に伴うCO₂排出量を大幅に削減した点も評価されました。こうした価値への共感が入居理由の一つとなり、築50年を超える建物でありながら、高水準の賃料を実現しています。

COERU渋谷イーストがファンドに組み入れられたことは、再生建築が環境面や文化面に加え、投資対象としても評価され得ることを示しています。再生した建物が収益を生み、その資金が次の再生へ向かう循環が生まれれば、再生建築は一部の先進的な事例ではなく、建て替えと並ぶ選択肢になっていきます。そうなれば、都市の更新も、壊してつくり直す一辺倒から、既存ストックの価値を引き継ぎながら進化するものへ変わっていくと考えています。