グローバルトレンドに学ぶ、AI時代のオフィス戦略と人材戦略

「WORKTECH25 Tokyo」レポート

世界的な知識ネットワーク「ワークテック(WORKTECH)」のカンファレンスが2025年12月に東京・虎ノ門で開催された。不動産、HR、テクノロジー、建築など多角的な視点から有識者が集い、共有されたのは「AIとワーカーの共存」を前提とした未来図だ。生成AIが社員のアシスタントや同僚として定着しつつあるいま、企業の人材戦略とワークプレイスはどう変わるべきか。日本企業への示唆に富む内容を一部抜粋して紹介する。

スキル需要の激変期、自社に必要な人材をいかに確保するか

ボストンコンサルティンググループ(BCG)で人事戦略を担うオルショヤ・コヴァーチ氏は、テクノロジーがスキル需要に与える破壊的影響と、それに対応する人材マネジメントの方向性を提示した。

「現在企業が直面する課題は、①高齢化、②スキルのミスマッチ、③人々の嗜好変化、④AIエージェントへの対応の4点です。なかでも深刻なのはスキルのミスマッチでしょう。生成AIの普及によりスキル需要が激変し、将来の人材要件を予測することは非常に困難になっています。新たなスキルも次々と出現するなか、継続的なリスキリング支援は経営課題に格上げされました。しかし、多くの国で成人教育投資は十分とはいえず、今後は企業のみならず国を巻き込んでの生涯学習支援が求められます。

生成AIの破壊的影響がスキル需要にもたらす変化

また、人々の嗜好変化により企業に期待されるものが変わっています。世界15万人の調査によると、Z世代は平均2年で転職したい意向がある一方、仕事において『雇用の安定性』を最も重視しています。つまり、彼らは特定の企業で雇われ続けたいのではなく、50年後も通用するスキルを身につけて仕事を得続けたいのです。学習とキャリア形成の機会を提供できない企業は競争力を失うでしょう。

AIエージェントについても、単純な人員代替論は成り立ちません。過去100年、インターネットなどの技術革新は個別タスクを代替したものの、労働そのものは減りませんでした。サービス水準の高度化や業務の複雑化が進み、人間は何かしらやることを探して時間を埋めるからです。さまざまな発明がなされたにも関わらず、日本の労働生産性伸び率が1960年代の年6%から現在は約1%にとどまる事実はその象徴です。AIも同様に、マクロでの労働需要を直ちに縮小させるとは限りません」。

BCG オルショヤ・コヴァーチ(Orsolya Kovacs)氏

では、企業は何をすべきか。コヴァーチ氏は5つの方向性を挙げる。

「第一に、人材ニーズの予測精度の向上。現在の保有スキル、離職見込み、将来必要人数をアルゴリズムで動的に把握し、スキルギャップを常時モニタリングする体制が必要です。社員がどんなスキルを持っているのか定量把握できていない企業も多い一方で、先進企業はこの分野への投資を強化しています。

第二に、人材調達先の拡張。米ペプシコ社では、初期面接をAIアバターで行うことで数千人規模の同時選考が可能となり、従来は学歴や経歴で足切りせざるをえなかった多様なグループを公平に評価できるようになりました。BCGもハンガリーにおいて、差別により仕事に恵まれない少数民族と大企業とのマッチング支援を行い、新たな人材供給源を開拓しています。

第三に、多様なキャリアパスの提示。経済成長の不透明さから直線的な昇進モデルが魅力を失いつつあるいま、個人のスキルと企業のニーズをすり合わせ、柔軟に役割を設計できる仕組みが重要です。たとえばAIの専門家になる、プロジェクトマネジメントの経験を積める、世界を飛び回るなど、複線型の成長機会が若年層の関心を引くでしょう。

第四に、組織的なリスキリング投資。新たなスキルセットが必要な場合、新規採用よりも既存人材の再教育の方がコストを抑えられます。アマゾン社は数十万人の倉庫作業員を1年間集中的に育成し、ソフトウェア開発職に転換させました。その間も給与を払い、修了後の雇用も保証したといいます。大規模かつ継続的な取り組みが必要です。

第五に、多世代人材の視点を取り込み相互にエンゲージさせること。旧世代が若者から学ぶ姿勢を持つことは重要ですし、ベテラン層の経験や暗黙知を戦略的に活用する視点も欠かせません。多様な価値観が交わる環境とコミュニティづくりに焦点をあて、多世代を相互補完的な資源として再設計することが、持続的成長の鍵となります。あなたの会社で、将来の人材不足とスキルギャップに対応するためにいま何を準備すべきか考えてみてください」。

チームの摩擦を解消し、意思決定を加速するワークスペース

リンクトイン(LinkedIn)でワークプレイス戦略を担当するアウレリオ・ディビット氏は、生成AIにより仕事が加速するなか、新たな組織設計と空間設計の再構築に関する自社の取り組みを報告した。

LinkedIn アウレリオ・ディビット(Aurelio David)氏

「マッキンゼーは2030年までに総労働時間の30%がAIに代替されると予測しています。しかしAIが加速するのは主に『実行』であり、『意思決定』は依然として人間の役割です。AIを真に活用するには組織と人間が変化し、意思決定のスピードを上げる必要があります。

そのため当社では、6~12名で構成される小規模・多機能チーム『ポッド』を導入しました。エンジニア、プロダクトマネジャー、デザイナーなどが共通の目的のもとに集い、AI活用で生まれた時間を実験と改善に振り向ける体制です。こうした機動的なチーム構造が、次世代の標準になると考えています。

課題となったのは、このポッドの機動性を最大化する空間設計でした。従来のオフィスではフリーアドレス制でメンバーが分散したり、ブレインストーミングしたい瞬間に会議室が空いていなかったりと、微細な摩擦が作業スピードを鈍らせていたのです。

そこで2025年秋から、ポッド専用の『ポッドワークエリア』を試験導入しました。空間そのものは特別な仕様ではありませんが、執務席からミーティングスペースまでをチーム単位で一体的に占有できる点が特徴です。視線を遮る要素を減らし、ポッド専用の会議室も併設することで、個人作業から議論へと即座に移行できる環境を整えました。

11週間の実証では、WiFiデータによる近接度分析、予約データによる稼働率測定、戦略的マネジメントシミュレーション(SMS)による認知パフォーマンス評価、従業員サーベイを組み合わせて効果を検証。その結果、専用のワークエリアを与えられたポッドでは、出社率の向上、対面コラボレーション時間の増加、意思決定パフォーマンスの改善が確認されました。集中やブレインストーミングなど主要タスクの満足度も向上し、環境が業務を支援したことが示されました。

今後はAI技術を物理空間に統合し、より長期的な検証や、心理的安全性など新たな指標の測定へとステップを進めます。目指すのは、AIドリブンチームの生産性と意思決定を持続的に支えるワークプレイスの構築です」。

自己責任論が強まるなか、持続可能な働き方のヒントは「協調」

コクヨの田中康寛氏は、同社ヨコク研究所による「働く幸せ」の国際比較研究をもとに、日本における持続可能な働き方の方向性を提示した。

コクヨ 田中康寛氏

「ウェルビーイングという概念が日本でも定着し、仕事における個人の幸福感の重要性が高まっていますが、その中身や定義は文化によって異なります。当社が日本・イギリス・アメリカ・台湾の4地域で実施した比較調査によると、仕事で幸福を感じる要素は、英米では昇進や意義の実感が重視される一方、台湾ではチームワーク、日本では顧客からの感謝や賞賛が上位に挙がりました。東アジアでは個人達成よりも、他者との良好な関係性に幸せを見出す傾向があるようです。とりわけ集団主義的文化を持つ日本では、協調性が持続可能な働き方の前提条件になります。

しかし、今後はその基盤が揺らぐかもしれません。調査によれば、職場マナーとして自主的な学習や生成AI活用が支持される一方、気軽に同僚に質問したり、個人目標を持たずに働いたりする態度は不適切であると考える人が増えており、『自己責任で働くべき』という風潮が強まっています。

背景にはリモートワークと生成AIの普及があります。対面機会の減少により同僚との関係性が希薄化すると同時に、自身の努力や成果を誇示する必要が生まれました。さらに、生成AIを活用した成果であっても、スター社員は本人の実力として評価される一方、一般社員は『AIの功績』とみなされがちで、成果格差による分断を生むとの指摘もあります。こうした認識の差は協調性を損ない、職場での孤立やバーンアウトを招きかねません。

このような背景を踏まえ、協調的な幸せ(Wekigai)を実現するためのワークプレイスとはどのようなものか。一つの方向性が『感情的な結びつきを育むオフィス』であると考えています。ポイントは2つ。企業文化を表現するメディアであること、そして従業員の意思が反映される実験場であること。自治を通して自分の居場所だと感じられるオフィスは、調和と連帯を育み、持続可能な働き方の基盤となるでしょう」。

日本のヒエラルキー組織でAIを活用するには

イベントの最後には、ザイマックス総研の石崎真弓氏がモデレーターを務めるパネルディスカッションも行われ、ハイブリッドワークとAI導入をめぐる日本企業の課題が議論された。

ザイマックス総研 主任研究員 石崎真弓氏(写真右)

石崎氏は日本企業が直面する課題として、ハイブリッドワークにおける出社意義の共有の難しさやコラボレーション不足などを挙げ、「経営層が出社を要求しても、社員に納得感がなければエンゲージメントを毀損し長期的にはマイナスの影響がありうる。このギャップを解消するには何が必要か」との問いを投げかけた。これに対し、BCGのコヴァーチ氏はまず経営層と従業員の対話不足を指摘。「重要なのは出社の意図を明確にすること。どの業務はオフィスで行うべきか、どこにベネフィットがあるのかを率直に議論すべきです。セキュリティなどの理由で出社が不可避な領域は明示し、それ以外は柔軟に設計する。説明なき出社回帰は監視と受け取られかねず、信頼を損ないます」と回答した。

日本のヒエラルキー組織でAIを活用するにはどうすべきかという問いには、より具体的な示唆が示された。コヴァーチ氏は、AI活用を加速するには幹部層が明確な戦略を示すことが不可欠だと指摘する。「重要なのは仕事の何割を自動化するかという議論ではなく、AIに何を担わせるのかという設計です。失敗例を挙げると、あるカスタマーセンターではAIが単純な顧客対応だけを代替した結果、人間にクレーム対応などの感情労働が集中して負荷が高まり、離職増加につながったケースもあります。AIにできることは数多くありますが、そのなかで何をさせるべきかを考える必要があります」(コヴァーチ氏)。

リンクトインのディビット氏は若手育成に着目する。「AIにより業務構成が変化し、エンジニアの仕事もコードを書くことからレビューすること、さらには『価値判断』へと比重が移っています。その結果、求められるスキルセットには技術力だけでなく、ステークホルダーの意図を読み解く力までも含まれるようになり、人材に求められる要件は高くなっています。この状況では若手よりも中堅層を採用したくなりますが、若手育成とシニアの役割再定義を同時に進めなければ、長期的な組織力は維持できないでしょう」(ディビット氏)。

AIとハイブリッドワークの本質は、出社日数やツール選定ではなく、対話を通じた信頼構築と役割の再設計にある。制度を整えるだけでは不十分で、組織そのものをアップデートできるかが問われていることが、この日のすべてのセッションを通して示唆された。