ザイマックス総研では「四半期オフィスマーケットレポート 東京」を通じて2015年より四半期ごとに支払賃料インデックスを公表してきた(*1)。支払賃料インデックスは、新規に成約した賃料(新規賃料)だけでなく、入居中の企業が支払っている賃料(継続賃料)も含んだ指数であり、テナント企業のオフィス賃借料の推移を示すものである。公表開始から約11年が経過するなかで、オフィスマーケットの新たな特性が明らかになってきたほか、立地別に賃料動向を可視化したいというニーズも生じていることから、今般、過去にさかのぼって改定を行った。改定のポイントは以下の4点である。
*1 2015年10月15日公表「支払賃料インデックスを公開」
<改定のポイント>
- サンプル抽出方法を見直したことで、オフィスマーケットが変化しても支払賃料の動向を適切に捉えることができるようになった。
- ザイマックス総研の研究で得られた知見を活用し、分析に用いる変数を更新したことで、より多角的に賃料推定を行うことが可能となった。
- 立地変数及びエリアダミー変数とスペック変数との交互作用項の追加により、エリア別インデックスを開発し、エリアごとの異なるトレンドを可視化することを可能にした。
- インデックスの算出方法を単一エリアの推定賃料から各エリアの推定賃料の加重平均に変更し、エリア全体の動向を反映させた。
【図表1】支払賃料インデックス(2026年改定)
1. 改定の背景
今回改定に至った背景は大きく3点ある。まず、オフィスマーケットの変化である。支払賃料インデックスは、テナントの賃料支払実態を反映する指標として利用されてきたが、開発から10年以上経過するなかでオフィスマーケットを取り巻く環境は大きく変化した。ストックの高齢化や賃料水準の変動といった市場構造の変化を踏まえ、インデックスが市場の実態を適切に表すよう、分析対象とするサンプルの抽出方法を見直した。
2点目は、これまでの研究成果の反映である。ザイマックス総研では、継続したオフィスマーケットの研究を通じて、築年数や環境認証の有無などが賃料に与える影響について知見を蓄積してきた。今回、こうした知見を推定式に取り入れることで、支払賃料をより精緻に推定し、インデックスの精度向上を図った。
最後に、エリア別のインデックスの開発である。エリア別に指標を比較したいというニーズに応えるため、ザイマックス総研が発表している空室率や募集面積率といった指標については、東京23区全体に加え、都心5区と周辺18区に分けた数値も公表している。一方で、支払賃料インデックスに関しては賃料推定式の構造からエリアごとにインデックスを差別化することが難しく、23区のみの公表にとどまってきた。こうした課題を受け、今回都心5区と周辺18区のエリア別支払賃料インデックスを算出できるようにするために計算方法の改良を行った。
2. 改定内容
2.1. サンプル抽出方法の見直し
支払賃料インデックスの算出にあたっては、ビルの規模や築年数など、賃料に影響を与える要因を説明変数として重回帰分析を行うヘドニック法を採用している。インデックスが市場動向を的確に表すためには、分析に用いるサンプルが市場の実態を適切に反映していることが重要となる。従来は、築年数や賃料にあらかじめ一定の基準値を設定し、その範囲を外れるデータを外れ値として除外していた。しかし、オフィスストックの高齢化や賃料水準の変動といった市場構造の変化が進むなかで、固定的な基準のままでは、市場の実態を反映するサンプルまで除外してしまう可能性がある。そこで今回、市場構造の変化を踏まえてサンプル抽出方法を見直し、その結果として外れ値の除去方法を更新した。具体的には、築年数については竣工年を基準とした除去に改めた。賃料については賃料水準に応じて基準が変わる動的な除去手法として2段階推定を導入した。2段階推定では、1回目の回帰分析による賃料推定値と実際の賃料との差が、基準値以上となるサンプルを除外したうえで、改めて回帰分析を行っている。これにより、市場構造の変化に伴い賃料水準が変動しても、支払賃料動向を適切に捉えることが可能となった。
2.2. スペック変数の更新
今回、これまでの研究で得られた知見を踏まえ、環境認証取得状況を説明変数に追加するとともに、築年数についても築25年を境に変化する経年減価の実態を回帰分析に反映させた。
まず、環境認証変数の追加について述べる。近年、企業のESG経営への関心の高まりや脱炭素への取り組みを背景に、オフィス選びにおいて環境性能が新たな評価軸として定着した。市場ではDBJ Green Building認証やCASBEE等の環境認証を取得したビルの供給が増加し、需要側であるテナント企業も環境配慮を重視する傾向が強まっている。ザイマックス総研の研究においても環境認証取得ビルに対して2.0%の新規賃料プレミアムが確認されており(*2)、この知見を支払賃料インデックスにも取り入れるため、環境認証取得状況を表すダミー変数を追加した。これにより時代の変化に伴う環境性能プレミアムを賃料の推定に反映できるようになった。
*2 2019年11月20日公表「東京オフィス市場における環境不動産の経済性分析」
次に築年数減価実態の反映について述べる。従来の回帰式では1年経年するごとに一定割合で賃料が低下するという単純な仮定を置いていたが、日本銀行とザイマックス総研の共同研究(*3)により、オフィスの賃料は築25年頃にかけて急速に低下したのち、その後ペースは鈍化することが明らかになった。イメージ図を【図表2】に示す。
*3 2026年6月4日公表「オフィス賃料の経年減価とリノベーション効果」
【図表2】賃料の経年減価の改定前後比較イメージ
この知見を分析に取り入れるため、築25年以降の超過年数を説明変数として新たに加え、築25年前後で異なる変化率を持つような屈折モデルを構築した。これによって経年による賃料変化の実態をインデックスに反映できるようになった。
2.3. 都心5区ダミー及びエリアダミー交互作用項の追加
オフィスビルの賃料は、ビルのスペックだけでなく立地による影響も受ける。今回、23区全体の賃料水準の変化をより詳細に捉えるため、分析における立地情報の扱いの更新を行った。
従来の回帰式では、立地変数として都心3区(千代田区、中央区、港区)にあるか否かを示すダミー変数を採用していた。これに対し今回の改定では、都心5区の各区(千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区)それぞれに立地するかどうかを表すダミー変数を設定した。また、規模、徒歩分数、築年数が賃料に与える影響が都心5区と周辺18区で異なる可能性を考慮し、それらの変数に対しては都心5区ダミーとの交互作用項を採用した。交互作用項とは、変数の組み合わせによる効果を表すものであり、回帰式上では対象となる変数同士の積として組み込まれる。この式を採用することで、5区各区の立地による賃料水準をより精緻に推定しながら、都心部と周辺部の物件における賃料構造の違いを23区インデックスの算出に取り入れた。
また、これにより都心5区及び周辺18区の支払賃料インデックスの算出が可能となった。5区と18区の賃料推定にあたっては、それぞれのエリアのデータセットを用いて別の分析を行うのではなく、23区全体のデータを用いた回帰式を採用することで、エリアやビル属性の組み合わせによる各区分で十分なサンプルサイズを確保しつつ、エリアごとの市況の違いを表現したエリア別インデックスを算出している。
2.4. 賃料推定におけるストック面積加重平均の導入
インデックス算出に用いる推定賃料は、分析の結果得られた賃料推定式にモデルとして設定したビルのスペックを代入することで算出しており、従来のモデルビルの所在地は千代田区のみとしていた。今回の改定では、23区、都心5区、周辺18区それぞれの現存ビルストックの実態を反映するとともに、2.3で導入したエリア変数の特性を最大限活用するため、各エリアのストック面積の構成比に基づいて推定賃料を加重平均する方法へ変更した。算出方法は下式のとおりである。
エリア区分は千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区、周辺18区の6区分である。各四半期における最新のビルストック面積に応じて重み付けを行うことで、特定エリアの市況変化に過度な影響を受けることなく、対象エリア全体の実態を反映したインデックスの算出が可能となった。
3. 結果
3.1. 改定前後のインデックス比較
前章で示した方法により推定した支払賃料インデックスについて、改定前後の推移を比較したものを【図表3】に示す。2009年、2013年付近の市場転換のタイミングには違いはみられず、改定後の手法においても改定前と同様に市況の変化を捉えていることが確認された。一方、改定後は急激な変化や短期間の上下変動が少なくなっており、特定のエリアでの動きや個別事例による短期的な影響を受けにくく、市場全体のトレンドをより捉えやすくなったと考えられる。
【図表3】支払賃料インデックス改定前後の比較
3.2. エリア別インデックス
これまで支払賃料インデックスに関しては23区全体のインデックスのみを公表してきた。今回、東京23区全体のデータを用いた共通の回帰式を採用し、インデックスの算出に用いるデータを対象エリアごとに切り替えることで、都心5区と周辺18区のインデックスも算出できるようになった。東京23区、都心5区、周辺18区のインデックスの推移を【図表4】に示す。
【図表4】東京23区、都心5区、周辺18区の支払賃料インデックス比較
これを見ると、今回の改定によってエリアごとの構造差や市場実態に伴う異なる動きを可視化できるようになったことが確認できる。とりわけ2020年以降は、都心5区と周辺18区で異なる動きがみられる。都心5区が安定した上昇傾向を維持している一方、周辺18区では、コロナ禍以降に一時的に下落した。その後、再び上昇に転じたものの、2026Q2時点では2020Q1の水準を下回っている。これは、周辺18区において、コロナ禍以降、新規賃料が下落していた時期に締結された契約が増加し、支払賃料水準を下押しした結果であると考えられる。なお、支払賃料インデックスはテナントが支払う賃料の指数であり、稼働している区画のみを用いて算出していることから、その増減が必ずしも物件の収益の変化と一致しないことには注意されたい。
4. おわりに
本改定では、オフィスマーケットの変化やザイマックス総研のこれまでの研究成果の反映、エリア別インデックスのニーズを背景に、サンプル抽出方法、賃料推定式、インデックス算出手法の更新を行った。これにより都心エリアと周辺エリアのオフィスマーケットにおける異なるトレンドを表現しつつ、23区全体の市況を反映したインデックスを算出できるようになった。ザイマックス総研は、今後も時代の変化や最新の技術・理論を取り入れながら各種指標を改定していく。
《調査概要》
2008年~2026年
ザイマックス受託物件におけるテナント契約データ(共益費込)
5四半期のローリングウィンドウ内での契約数
東京23区
ヘドニックモデル(5四半期のローリングウィンドウ)
四半期
<参考資料>
【参考 1】ヘドニックモデルに用いた変数一覧
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