1.はじめに
オフィスビルは、築年数の経過に伴い修繕や設備更新が繰り返される一方、建替え等に伴って取り壊される建物も存在する。建物寿命を把握することは、建替え需要やオフィスストックの更新状況を理解するうえで重要である。
しかし、建物寿命は現存する建物が多数存在するため、取り壊し済み建物の築年数だけを集計しても、建物ストック全体の寿命を適切に把握することはできない。現存する建物を打ち切りデータとして扱う生存時間分析を用いることで、建物ストック全体の寿命分布を推計することが可能となる。
本稿では、ザイマックス総研が保有するオフィスビルデータベースを用い、東京23区のオフィスビルを対象として、生存時間分析(*1)の一つであるカプラン・マイヤー法(*2)により建物寿命を推計した。建物寿命は「竣工から取り壊しまでの期間」と定義し、その代表値として、「生存率が50%となる築年数(中央値生存期間)」を平均建物寿命として示した。また、東京23区を都心3区(千代田区・中央区・港区)とその他20区に区分し、立地による平均建物寿命の違いについても分析した。
主な調査結果
- 東京23区のオフィスビルの平均建物寿命(中央値生存期間)は58.3年であった。
- 都心3区の平均建物寿命は57.0年、その他20区は60.1年であり、都心3区では取り壊しまでの期間が相対的に短い傾向がみられた。
*1 生存時間分析
死亡、故障、契約終了などのイベントが発生するまでの期間を分析する統計手法である。医療分野では患者の生存期間、信頼性工学では機器の故障までの期間、マーケティング分野では顧客離脱までの期間など、幅広い分野で利用されている。本稿では、建物の取り壊しをイベントとし、竣工から取り壊しまでの期間を分析対象とした。
*2 カプラン・マイヤー法(Kaplan-Meier Method)
生存時間分析の代表的な手法の一つであり、イベントが発生したデータと、調査終了時点までイベントが発生していない打ち切りデータを用いて生存率を推計する手法である。本稿では、建物の取り壊しをイベント、調査終了時点で現存する建物を打ち切りデータとして、生存率を推計した。なお、本稿では、生存率が50%となる築年数(中央値生存期間)を平均建物寿命としている。
<調査概要>
2025年3月~2025年12月
2024年12月31日
2025年3月時点で物件データベースに登録されているオフィス物件
東京23区
ザイマックス総研が独自に収集したデータに加え、インターネット調査や現地調査を実施して集計
2.データと分析手法
(1)分析対象
分析には、ザイマックス総研が保有するオフィスビルデータベースを用いた。
対象は東京23区に立地する延床面積300坪以上のオフィスビルとした。竣工済みで竣工日が把握できる建物を対象とし、賃貸面積を有する建物のみを抽出した。また、取り壊し年月については、取り壊し年月を把握できているものはそれを採用し、取り壊し年月が不明なもののうち、建替え後の建物の竣工時期が把握できている建物については、建替え後の建物の竣工時期の2年前を取り壊し年月とした(*3)。
*3 取り壊し時期の推定方法:東京23区に立地する延床面積300坪以上のオフィスビルのうち、取り壊し時期および建替え後の建物の竣工年月の確からしさが高い物件を対象に、取り壊しから建替え後の建物の竣工までの期間を確認したところ、中央値は約2.2年であった。この結果を踏まえ、取り壊し時期および取り壊し予定時期が不明で、建替え後の建物の竣工時期が把握できる物件については、建替え後の竣工時期の2年前を取り壊し時期として推定した。
建物の生存期間は、竣工日から取り壊し日までの経過年数とした。2024年12月31日までに取り壊しが確認された建物はイベント(滅失)とし、同日時点で現存する建物は打ち切りデータとして扱った。
(2)分析手法
建物寿命の推計には、生存時間分析を用いた。分析手法は、小松・島津(2003)による事務所建物の寿命推計に関する研究を参考とし、オフィスビルデータベースを用いてオフィスビルの寿命分布を推計した。この手法は、取り壊しが確認された建物だけでなく、観測終了時点で現存している建物も打ち切りデータとして利用できるため、建物ストック全体の寿命分布を推計できる。
まず、東京23区全体を対象とした生存曲線を作成した。次に、東京23区を「都心3区(千代田区・中央区・港区)」と「その他20区」に区分し、それぞれの生存曲線を比較した。群間の差についてはログランク検定(*4)により評価した。
*4 ログランク検定(Log-rank test)
生存時間分析において、複数の群の生存曲線に統計的な差があるかを検定する手法である。カプラン・マイヤー法と組み合わせて用いられることが多く、各群のイベント発生時期を比較して生存率の差を評価する。
3.分析結果
(1)東京23区全体の生存期間
図表1は、東京23区のオフィスビルについて、カプラン・マイヤー法により推計した生存曲線である。横軸は築年数、縦軸は建物の生存率を示している。
分析対象は11,063棟であり、このうち2024年12月31日までに取り壊しが確認された建物は1,646棟であった。推計された平均建物寿命は58.3年であった。
平均建物寿命は、生存率が50%となる築年数を示す。したがって、本分析の結果は、東京23区のオフィスビルの半数が築約58年まで現存すると推計されることを示している。
ただし、この結果は、すべての建物が築58.3年で取り壊されることを意味するものではない。築58.3年より前に取り壊される建物もあれば、それを超えて現存する建物も存在する。
【図表1】東京23区オフィスビルの生存曲線
(2)都心3区とその他20区の比較
図表2は、東京23区のオフィスビルを都心3区(千代田区・中央区・港区)とその他20区に区分し、それぞれの生存曲線を比較した結果である。
都心3区の平均建物寿命は57.0年、その他20区は60.1年であった。その他20区の方が約3.1年長く、都心3区では取り壊しまでの期間が相対的に短いことが示された。
都心3区とその他20区の生存曲線についてログランク検定を実施した結果、統計的に有意な差が認められた(χ²=47.1、自由度=1、p<0.001)。
都心3区ではその他20区に比べて再開発が活発に行われており、一体開発のために築年が浅い物件であっても取り壊すケースがあることが要因の一つとして考えられる。
【図表2】都心3区・その他20区の生存曲線
4.おわりに
本稿では、東京23区のオフィスビルを対象としてカプラン・マイヤー法による生存時間分析を実施した。その結果、現存建物を考慮した建物寿命の分布を把握するとともに、都心3区とその他20区では生存期間に差がみられることを確認した。
建物寿命は、個々の建物がいつ取り壊されるかを予測するものではない。一方で、オフィスストック全体としてどの程度の期間存続する傾向にあるかを把握することは、都市の更新動向を理解するうえで重要な基礎情報となる。
近年は、建設コストの上昇や労働力不足、環境負荷低減への要請などを背景として、既存建物を長期にわたり活用する重要性が高まっている。一方で、都心部では再開発や高度利用が進み、建物更新のサイクルが相対的に短い地域も存在する。今後の都市政策や不動産戦略を検討する際には、建物寿命を全国一律のものとして捉えるのではなく、地域特性や市場環境を踏まえて評価することが求められる。
また、建物寿命の把握は、建替え需要の見通しや修繕・更新投資の計画、さらには都市ストックの将来予測にも活用できる。本稿で示した生存時間分析は、その基礎となる定量的な指標を提供するものであり、今後のオフィス市場や都市更新の動向を分析するための基盤として活用されることが期待される。
本稿では建物寿命の全体像を示したが、今後は立地や建物規模、竣工年代などの属性別分析や、建替え・修繕との関係についても分析を進め、建物寿命の特徴やその背景要因を明らかにしていく予定である。
謝辞
本調査の実施にあたり、建物寿命の推計方法について、早稲田大学名誉教授 小松幸夫先生より貴重なご助言を賜った。ここに記して深く感謝申し上げる。
参考文献
小松幸夫,島津護(2003)「竣工記録に基づいた事務所建物の寿命調査」『日本建築学会計画系論文集』第565号,pp.317-322.
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