トピックレポート

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2022.04.14

サテライトオフィス利用促進による通勤時間の軽減②

~社会的利用による効果のシミュレーション~

近年、働き方と働く場所に大きな変化がもたらされているなか、企業のメインオフィスから離れた場所に置かれるサブオフィスとして、サテライトオフィス(*1)が注目されている。しかしながら、その利用については一部の企業に限られており一般企業に広がっているとは言い難い。その背景の一つとして、サテライトオフィスを利用することで得られる具体的な効果に対する認知が低いことが挙げられる。

そこで、サテライトオフィスの導入により期待される効果について、2本のレポートに分けて紹介する。第一部(*1)ではサテライトオフィスの利用による具体的な効果をザイマックスグループの事例をもとにシミュレーションを行った。本レポートでは第二部として、サテライトオフィスの利用が首都圏全体に広がり、サテライトオフィスが最適な場所に設置された際の通勤時間の削減効果とそれによる温室効果ガスの削減効果についてシミュレーションした。

*1 サテライトオフィス…メインオフィスや自宅とは別に、テレワークのために設けるワークプレイスの総称。専門事業者がサービス提供するものや企業が自前で設置するものがある。

1. 通勤時間の削減効果のシミュレーション方法

今回のシミュレーションでは、都心に勤務しているすべてのオフィスワーカーがサテライトオフィスを併用していると仮定した。また、サテライトオフィスは駅に設置されているものとし、その立地については、オフィスワーカーの居住地の分布から、ワーカー全体の総移動時間が短くなる駅を選定している。シミュレーションではサテライトオフィスの設置数を10箇所から最大100箇所まで段階的に増やし、設置数によって通勤時間がどの程度異なるかを検証した。なお、ここでいうサテライトオフィスとはメインオフィスの代替えとして専用的に利用できる施設であり、タッチダウンや一時的なテレワークを目的としたタイムシェアオフィスの併用は考慮していない。

2. 利用データについて

シミュレーションには「東京都市圏パーソントリップ調査」(*3)をデータとして用いた。これは人の移動内容に関するデータであり、ある人の平日の1日の動きを無作為に抽出し、1回の移動ごとの内容(出発ゾーン、目的ゾーン、目的、移動手段)を調査したものとなっている。この1回ごとの移動をトリップといい、各トリップの発生回数が集計・公表されている。トリップの出発ゾーンと目的ゾーンには大・中・計画・小ゾーンの4つの領域レベルがあり、今回は公開されている最小単位である計画レベルのゾーンを利用する。これは、交通計画を行う地域を1単位としてまとめたものである。


調査の対象としては、公開されている全トリップのなかで、目的が通勤で目的ゾーンが都心5区内となっているもののうち、移動手段として電車を使っているものを抽出した。その結果、都心5区に通勤する勤務者は約280万人であった。【図表1】は抽出したデータの通勤先(目的ゾーン)の分布であり、【図表2】は居住地(出発ゾーン)の分布を示している。いずれの図も色の濃淡と円の大きさで密度を示している。このデータを用いてサテライトオフィスを最適な場所に設置した際の通勤時間の削減効果についてシミュレーションする。

【図表1】勤務先の分布

【図表2】都心5区勤務者の居住地の分布

3. シミュレーションのためのデータの前処理

今回のシミュレーションでは、駅から駅までの移動時間を通勤時間として用い、サテライトオフィスが駅に設置された場合にどの程度通勤時間が削減されるかを検証している。

パーソントリップ調査のデータはゾーン間の移動を示しているため、280万人の総通勤時間を算出し、サテライトオフィスをある駅に設置した場合にどの程度通勤時間が削減されたかをみるためには、出発駅と目的駅を仮定する必要がある。そこで、計画ゾーン単位である移動人数を駅単位へと変換する作業を行った。そのフローを【図表3】に示す。

【図表3】勤務者数を計画ゾーン単位から駅単位へ変換するフロー


まず、駅の領域図を作成する。これはどの駅の中心点に最も近いかによって平面空間を分割したものでボロノイ図といわれるものである(A)。

次に駅の領域図と計画ゾーンの領域図を重ね合わせることにより、計画ゾーンを駅領域で分割した図(交差図)を作成する(B)。

続いて交差図上の各領域が元の計画ゾーンに占める割合を重み付け係数として、計画ゾーンの勤務者数に乗ずることによって、交差図単位での勤務者数を算出した。最後に、それを駅ごとに集計することで駅単位での通勤経路データへと変換している(C)。

通勤時間の算出にあたっては第一部レポートと同様にザイマックス総研にて作成したGIS上の鉄道ネットワークデータを利用している。まずパーソントリップ調査域内の全駅の全組み合わせで移動時間を計算し、移動時間データを作成した。次に作成した移動時間データと通勤経路データを組み合わせることにより、280万人の総通勤時間を算出した。オフィスワーカーは現在通勤するオフィスを含めて最も近いワークプレイスを選択するものとして、全オフィスワーカーの総通勤時間に対して削減効果の大きい駅にサテライト拠点を追加していった。さらに追加する拠点数を変化させた場合の全体の移動時間の変化をシミュレーションした。なお、サテライトオフィスではなく現在のオフィスに行く方が近い場合、削減時間は0として評価している。

4. 通勤時間のシミュレーションの結果

【図表4】はサテライトオフィスの設置数ごとのワーカーの平均通勤時間をシミュレーションした結果を示したものである。

【図表4】サテライトオフィスの設置数と平均通勤時間の推移

シミュレーションの結果、サテライトオフィスがないときの平均通勤時間は片道で約38分であった。本シミュレーションには徒歩分数を含んでおらず、ザイマックス総研の過去の調査結果である徒歩時間を含む通勤時間の平均値49分(*4)と整合的である。280万人のオフィスワーカーが毎月20日通勤する場合、電車通勤に費やされる時間は年間で約8憶7千万時間以上ということになる。


仮にサテライトオフィスが10箇所あった場合、片道1回当たりの通勤時間は平均で約17分と、サテライトオフィスがない場合の約38分に比べて約6割の通勤時間の削減効果がある。これを100箇所まで増やすと通勤時間は約5分となり、9割近い削減効果になる。また、100個所のサテライトオフィスがあり、全てのオフィスワーカーが週5回のメインオフィスへの勤務を週3回にし、週2回はサテライトオフィス勤務に変更すると仮定した場合、年間で約3億時間もの通勤時間が削減されることとなる。これを一人当たりに換算すると、年間約104時間という時間の節約効果になる。なお、サテライトオフィスを設置するのに最適な立地を選定するにあたって、収容人数は加味していない点には留意されたい。

【図表5】はサテライトオフィスを15箇所に設置した場合の、最適な立地の分布を示したものである。これをみると都心の北や東側に比べて南や西側での配置が多くなっている。これは、5区に勤務する人の居住地の偏りが反映された結果であり、住宅地に近い場所がサテライトオフィスを設置するのに適していることが分かる。

【図表5】サテライト適地の分布(例示:15箇所の場合)

ここで、実際にサテライトオフィスを運用する場合の収容人数について考えてみたい。280万人を収容することを加味すると、100箇所を整備したとしても、1日に3万人以上に利用される拠点が40箇所以上存在することになり、現実的ではない【図表6】。また、居住地付近はオフィス街ではないため、小規模なサテライトオフィスしか整備できないだろうことを考慮すれば、100箇所では足りず、さらなるサテライトオフィスの供給が必要になると考えられる。

【図表6】100拠点の場合の一日当たり利用人数の分布

5. 通勤時間の削減による環境負荷の軽減

都心勤務のすべてのオフィスワーカーについて、第一部と同様に通勤時間の削減による温室効果ガスの削減量をシミュレーションした。仮にサテライトオフィスを100箇所整備し、都心に通勤する280万人が利用した場合、通勤1回当たり片道で1,200t以上の温室効果ガス(CO2)の排出量削減効果が見込める【図表7】。週2回利用とした場合、年間で24万t以上の削減効果となる。これは鉄道による温室効果ガスの年間排出量(787万t)(*5)の約3%にあたる。

*5 2021年4月27日公表「運輸部門における二酸化炭素排出量」(国土交通省)

【図表7】拠点数別の通勤片道当たりのCO2排出総量の推移

6. まとめ

本レポートでは公的データをもとに現状の首都圏のオフィスワーカーの通勤時間とサテライトオフィスの設置による通勤時間や温室効果ガスの削減効果について、サテライトオフィスの立地を選定したうえでシミュレーションを行った。その結果、サテライトオフィスを100箇所設置すると、通勤時間は9割程度削減できること、280万人が週2回利用することで年間約24万t以上の温室効果ガスが削減できることが分かった。

このシミュレーションの結果から、サテライトオフィスがもたらす社会的意義について考察すると、以下の3点が挙げられる。

まず一つ目の意義は、通勤時間の軽減によるワーカーのストレスの軽減である。第一部でも述べたように通勤ストレス軽減により生産性の向上が期待できる。

二つ目の意義は、環境負荷の抑制である。通勤による温室効果ガスは事業活動で直接排出されるものではないが、サプライチェーンで発生するその他すべての間接排出に含まれるものであり、社会的問題として捉える必要がある。

三つ目の意義は、社会全体のレジリエンス(回復力・復元力)の向上である。サテライトオフィスの拠点数の増加とともに徒歩通勤が可能なワーカーが増えることにより、各企業のBCP対策にも寄与するであろう。

このようにサテライトオフィスの利用の社会的意義は広いことが分かったが、今回選定したサテライトオフィスを設置するのに適した立地には、オフィスが集積していない場所を含む。そのため、実際に設置を検討する場合には、現実問題としてサテライトオフィスを設置するのに適した物件があるのかも考える必要がある。

一方で日本には大量の建築ストックがある。このサテライトオフィスという新しい使い方へのニーズを取り込むことで、建物の有効活用や魅力ある街の醸成につながる可能性があることも最後に指摘しておきたい。

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